G・K・チェスタトン『ポンド氏の逆説』
なぜかミステリが続いてしまった…!
今回は昨今、東京創元社から新訳ラッシュされている、チェスタトンを。
個人的なイメージだと、チェスタトンといえば逆説、逆説といえばチェスタトン。その「逆説」がタイトルになっているのだから、本書の期待値は爆上げでした。
この「逆説」というのは、原語では“paradox”。だいたい哲学や論理学で見かける単語だけど、調べてみたら次のようなことらしい。
ギリシア語のpara(反,超)+doxa(意見,通念)の合成に由来する。〈背理〉〈逆理〉〈逆説〉と訳。一般に正しいと考えられていることに反する主張や事態をいう。(コトバンク)
確かにこの通り、作中のポンド氏は一見(?)筋の通らない、とんでもないことばかり言っている。
たとえば、プロシア軍のある精鋭部隊について、「あまりに規則正しかったために、全体が狂ったんだ。(中略)それで、したいと思ったことができなかったんだ」と言う。こんなポンド氏に、「HAHAHA、まさか現代でも規律正しかったと言われる、ドイツ軍にそんな冗談を言うとはねえ」と思う人もいるかもしれない。
けれども、そこは著者の力量のなせる業。ドイツ軍の死刑伝令役に規則正しい命令を下したために、かえってその処刑に失敗してしまったというエピソードが展開される。そのパラドックスへ導く論理の明快さに、読者もなるほどなあと膝を打ってしまうのだ。
こんなふうに、ジャンルとしてはミステリかもしれないが、中身はまったくといっていいほど、フーダニットを重視していない。むしろ、論理の転換、思考の道筋を重視する、やや変則的なフィクションに近いかもしれない。
読んでいくと、この本は連作短編集であることが分かり、ポンド氏とその聞き役、ウォットン氏とガヘガン大尉のかけあいが楽しくなってくる。このあたりは普通の探偵役と助手役の関係みたいで、キャラメインでも読めて面白い。
以下、気に入った作品の感想羅列。
「黙示録の三人の騎者」
上の例で挙げた話。この短編は導入としてもすばらしいが、単品としても珠玉の出来。そのうえ題もかっこよく、もはや欠点というべき欠点がない。
「ポンドのパンタルーン」
最初は鉛筆の色からはじまる超絶地味な話とみせかけて、スパイ同士の狸の騙しあいへとハイタッチする、恐ろしくフェイントの効いた話。このへんの時代人が書くスパイものは、変にリアリティがあって手に汗にぎる。
「恋人たちの指輪」
「事実は小説より奇なり」を地でいってみたら、みたいな話。途中までは物語のお約束を律儀に守ってくるのに、結末だけはガッツリぶっちぎってくる。最後ももう一ひねりあって、サービス精神が旺盛な一編。
「高すぎる男」
「背が高すぎて見えない人」のお話。逆説では一番目を引くけど、その論理はやや曲芸的。個人的にはアリかな?